ただの月末というのみならず、上半期の終わりということもあり多忙を極めています(←言いすぎ)。いつもにまして雑多な文章で…。
『大学院を中退しました。 』(via
『ある理系社会人の思考 : 大学院を活用すべき』)
筆者が仰るようにこういう文章(自分が書いたものも含めて)は主観が入りがちだが、読む限りではそうでもないと思う。
人生まだまだ60年近くあるこの身において、私は大学院をドロップアウトしたことをカミングアウトします。
(強調、下線は引用者)
あくまでも大学院であって人生ではないという点が同感(「私は多くの社会人の方と話す機会を設けて頂き、社会では研究職だけが楽しい職業では無いことを知りました。」という文章が書けるくらいなので到底ドロップアウトではなく、むしろ、結果としてはサクセスフルなのかもしれない)。
また同じ修士卒の資格を取るという点では楽な研究室もあります。
学校に来て友達とだべり、実験をしながらニコニコ動画を見て、
夜はプロジェクターでWiiをすると言った感じです。
そこの研究室は教授が研究室は遊べるところと言ったそうです。
こういう研究室が存在するのは驚きだが、これでも卒業したらみんな「修士」 。でも質の違い(色々自分で考えたりするからね)は必ず生じる。それ自体は間違いない。ただし、社会で渡り歩く(?)能力というのはそれだけではないとも思う。むしろ研究しか見えていない、一種の「研究バカ」の方が社会ではうまくいかないことが多いのではないかな。それを踏まえた上で研究に没頭する、いや、没頭できるのは贅沢なことだと最近思う。
「ドロップアウト」という単語をどこかで使ったな〜、と検索してみたら、以下の2つの文章が出てきた。
『日々の戯言〜研究とか薬とかST250とか〜 キャリアの選択肢』『日々の戯言〜研究とか薬とかST250とか〜 アカデミアと企業就職』 これらの文章の本文に貼ってあるリンク先には秀逸な記事が多数あるが、状況としては結局あまり変わっていないということなのかな。
- 2008/09/29(月) 20:33:14|
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今日もブログサーフィンしていたところ、ktatchy
さんやikettie
さんが「ドロップアウト」について書かれていた。
個人的には身近なところでこういう人がいたりしたので、思うことはある。
鬱になってしまう学生は少なくないが、
ココ(博士課程)まで来ている自分...
- 2008/09/29(月) 22:55:58 |
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